結局全てにおいて小学館が悪いのでは?という結論になりました、おはようございますこんにちはこんばんは。
小学館への不信感を抱いたまま漫画アプリを入れるのが嫌い過ぎて出来る限り入れないようにしていたのに、マツキの続きが気になってアプリを入れてしまった……オレは……弱い……。
星霜の心理士
改めて読むと、異彩を放つ主人公をスゲー!って周りが持ち上げるっていう、アクタージュと流れがほぼ同じなんですが、そこに心理カウンセラーという題材を使ってくるあたり、「実体験です☆ミ」みたいなのがあるなぁって思いました。
そもそもアクタージュも、マツキ自身が映像業界(映画?)にいた時の経験をフィクションに落とし込んだものっぽさがあるので、「ぼくのかんがえたさいきょうのえいが」みたいなのがあったんですよね。
理想の主人公(アクタの場合は夜凪景)を作り上げ、それを持ち上げる或いは対等な存在に自己投影しとるやろ(例:黒山墨字)って思ってたんですが、今作もまさにそれだなって。
今現在マツキについてワーワー言ってるインターネットご意見番のお怒りもごもっともなんですが、大半がアクタージュを読んできたわけでもなく、ニュースの上っ面だけさらって安全なところから言いたいこと言えるインターネットってクソだね。
マツキへのお気持ちなんて私だって山ほど持ってるし、お前らみたいなのが「何も知らずに読んでいたあの頃」まで全否定するからこちらの歯茎も剥き出しになるんだぞと言いたい。言わないけど大人なので。今言ってんのそれ。
これは自戒ですが、言ってスッキリするのなんて一瞬だけで、後から後からアルゴリズムが似たようなものを出してくるから気持ちが落ち着くことなんてないし、お前らは一瞬でこの事実を忘れるだろ。それでまたトレンド入りして蒸し返すんでしょ。
私なんて逮捕された時から裁判、結審、判決、執行猶予期間全てにおいてマツキのことを定期的に考えてるんだぞ。
お前らマツキの何も知らずに何批判してんねん、こちとらこんな怨嗟を込めて5年も6年も批判しとるんやぞ。そこ比べない。
結局この感情はどこから?と聞かれれば、何も知らなかったことへの怒りと、センシティブな問題をセンセーショナルな話題にすり替えて何も知らんくせに上っ面のお気持ちを述べるな、って話なんですよね。
そう、怒り。絶望は悲しみだけど失望は怒り。期待してないと失望しない。
とにかく、なんでみんな知ってた(知ってたわけじゃないと思うよ)のに、こんなにマツキのことを考えてる私が原作者として再デビューしてんの知らなかったの!?っていう裏切りでは。BSSかよ。そうだよ。
まぁ私はマツキの登場により上記の人たちが忌み嫌う「性犯罪者を庇って肯定する人間」になってしまったわけですが。
多分今回の件も編集や小学館が初動を間違えなければここまでにはならなかったと思うんですよ。あくまでマツキの方だけね。
何が正解なのかわからないし、忘れかけていたタイミングで蒸し返すのも良くないよね。
そもそも、名前を変えるのってこうなった時のリスクが高いからよくないなぁって思いました。作画担当にちゃんと説明していたのか、名前についての判断は最終的に小学館側が行うものだろうし、やっぱり小学館編集サイドに問題があるのでは?
でも正直不買とか批判とかよりも、知らん名前の新人原作者より「アクタージュのマツキタツヤ」っていう名前が圧倒的に強いから、批判はごく一部で話題性により読まれたんじゃないの知らんけど。私は多分全然興味ないフリして読んだと思う。
さておき。
マツキが選んだ題材がお前それかって批判したくなる気持ちはわかるけど、アクタージュから構文はかわってないし、これマツキだねっていう暗黙の了解で済んだと思う。マツキならやりかねんというのはあるし、人間の本質ってそう簡単に変わらないんだなって。
カウンセラーの存在に救われてそれを讃えたいって気持ちもワンチャンあるんでないの、知らんけど。
はいはい性犯罪者を庇う側の人間ですよこちとら。
とにかくSNSは情報量がキツ過ぎてありとあらゆるものが目に入ってくるのでログアウト中です。お城あってよかった……。
SNSに囚われてぼんやりしていた時間で原稿やったり、漫画読んだりしてる。
あ、その漫画……星霜の心理士っていうの……?
そう……。
SNSをぼんやり眺めている時間、改めて考えると虚無だね。ショート動画もそうなんだけど、脳の処理能力を簡単に超えていく気がする。
そして今。
世の中すぐ絶版焚書とか言うけどさ、私はそれに怯えきってるから単行本という物理を手にして安心しておきたいわけ。買ってきたよ。電子版も買ったよ。作画の方はもちろん生活がある。紙で読む本って、スマホを開いてるついでにSNSを見たりしないから良いなって思いました。
星霜の心理士
読めば読むほどアクタージュとの共通点(同じ原作者だからね)を見つけては溜め息を吐いているわけですが、これだけ言っておいてこの作品が本当に面白いのかは判断出来ない。
だって、何もかも知ってしまったから。
仮にマツキがそのままの名義で経緯を説明した上で連載を開始したとしても、そこでフィルターが掛かってしまう。
インターネットというスピーカーを通して5倍のボリュームで伝わる批判を見ないように意識しないとしても、その印象は私の中に落ちていくので、100%自分の感情だけで『面白い』と判断したのかもわからないんですよね。
いや、でも面白いと思う。思……う?
少なくとも私は好きだし、続きが読みたい。
続きが読みたいってことは面白いってことなのでは?
自分の中の絶対軸というものが曖昧になる怖さを味わっている。
『好き』だと判断した自分の感情は正解なのか、そこに答えはいらないものとしても、理由ばかりを探して安心を求めている。
でも結局最後はそれまでに読んでいたものに対する好意では?ってなりませんか。
芸能人の不祥事の復帰論に関しても、世論っていっときの感情に流されていると思う。
だって私いまだにアクタ打ち切りにしておいて島袋連れてきたの納得してないもん。
時代の違い?名前そのままだから?そう……そうね、結局感情論だよ。少なくとも私はそう。
